2017年2月3日金曜日

JUKEBOXのこと、Kawanishiくんのこと。

平素より大変お世話になっております。
wearerのYKでございます。
TwitterやInstagramにうつつを抜かしている間、こちらのブログの更新頻度はもはや年1。でも続いております。
改めまして、今年も何卒よろしくお願いいたします。

JUKEBOXというパーティが、この土曜日に終わりを迎える。
そして首謀者であるDJのKawanishiくんは、音楽にまつわるすべてから手を引くという。
またひとつの季節が終わる。

僕がJUKEBOXにはじめて足を運んだのは、2013年の夏のことだった。

なんでどうやってJUKEBOXと、Kawanishiくんと出会ったのかは、よく覚えていない(きっとTHISTIMEまわりの方がつないでくださったのだと思うのだけど)。
でもあの日、「サーキットイベントもクラブも自分にとっては並列なんで、とにかく面白いことするんでおねしゃす」とか言いながら泥酔してDJするKawanishiくんの姿を見て、DJブースからからまっすぐにとんでくる気概を受けて、僕はいっぺんにぐっときてしまったのだった。
DJのうまいとかへたとか、僕には正直よくわからない。でも、ロックンロールにとって演奏技術がどうでもよくなる瞬間があるように、僕はあの瞬間からKawanishiくんのことが好きになってしまったのだと思う。

それから僕は、JUKEBOXの面々とたくさんの夜を過ごした。

お客さんとしてパーティーに遊びに行くことも多かったけど、ありがたいことに、演者としてJUKEBOXがらみのイベントに出ることもあって。
自分のバンドの話で恐縮なのだけど、僕がやっているwearerというバンドは、とにかく寄る辺のないバンドで。
どのシーンの仲間にもなれず。どのジャンルにも属することもできず。流行りの音でもなく。特にクラブ映えするわけでもなく。
その、あらゆる隙間からこぼれていってしまうような僕らを、どう考えてもイベント的になんのメリットもない僕らを、「いいんじゃないの」と言ってくれる稀有な場所のひとつが、JUKEBOXだった。

Kawanishiくんはきっと、理屈や戦略や文脈じゃなく、「なんかこいつらいい感じ」という衝動に従って、僕らにかまってくれたのだと思う。それが、誰に媚びることもない、誰の顔色をうかがうこともない、Kawanishiくんの愛だったのだと思う。
「サーキットイベントもクラブも自分にとっては並列なんで」
そう、Kawanishiくんにとっては、おもしろいことは全部おんなじなのだ。今流行りで華のあるたくさんのバンドと、僕らみたいなおっさんがやってるしがないバンドを、おんなじようにおもしろがってくれた。月並みだけど、胸はってこれやってていいんだな、って背中を押された気がしてた。

そんなJUKEBOXがもう終わる。

JUKEBOXといえば、ついついKawanishiくんの話ばかりになってしまうんだけど、もちろんそこにはKINGさんっていう最高の女房役がいて(一緒に仙台のイベントへ遠征したときの、KINGさんの見事な仕事ぶりを僕は忘れないだろう)。
それから、朝方泥酔したKawanishiくんの代わりにきっちりその場をまとめてたskmtさんとか。shimaくんと出会ったのもたぶんJUKEBOXだよなー。
あまりにも濃いメンツがひとつのイベントを作っていく姿、まるでロックンロール・バンドのようだった。そんな空気も好きだったな。
だからやっぱり僕にとってのJUKEBOXは、青山蜂でのJUKEBOXで。最後蜂に帰ってきてくれたのは、さみしいけれど、なんだか嬉しい気もしています。

僕は、難しいことなんか全然わからないけど、JUKEBOXが、KawanishiくんのDJが好きだった。 それでいいと思ってます。
恋愛でも青春でも人生でも、終わるときはどんなものだって終わる。
それでいいんです。
僕は、JUKEBOXとKawanishiくんのおかげで、たくさんの人に、たくさんの音楽に出会えた。
ありがとう、さようなら。
ありがとう。

最後に。

KawanishiくんのDJにはいろんな思い出があるけれど、何より最高だったのは、ある夏のキャンプミーティングでのDJだ。
キャンプミーティングというのは、野外のDJイベントで。まあ都内で野外で深夜に爆音出したりするので、その日は警察なんかもきたりして、なんかすったもんだがあってイベントが中断して、音が止まってしまったのだった。

Kawanishiくんはまあやっぱり泥酔してたんだけど、「俺が話つけてくる」とか言って、警察に向かって行き、話がついたんだかつかないんだがそこのところはよくわかんないんだけど、とにかくイベントは続行することとなり。

そして、この先どうなっちゃうんだろうー、みたいな空気の中、静まり返った夜の帳の真ん中で、KawanishiくんはちょっとめんどくさそうにDJブースに立つと、「あのー、邪魔がはいったんすけど、パーティーはまだまだ続くんで」とか言って、Oasisの「Live Forever」をかけたのだった。

僕は思わず拳を上げた。

伝わるかな、この感じ。
Kawanishiくんはこんなふうに終始、「記録よりも記憶」の人だったのです。
僕にとって。そしておそらく、多くの人にとって。

どうか、音楽が鳴り止んだ後にも、こんなふうに鮮やかに「記憶に残る」Kawanishiくんの姿を、どこかで見ることができますように。そしてJUKEBOXクルーの皆様の、ますますの発展を祈って。


2016年5月25日水曜日

ロックンロール・バンドの季節が過ぎて行く。

平素より大変お世話になっております。
wearerのYKでございます。  

ブログの更新が久しぶりすぎて、ログインの仕方ごと忘れるところでした。

SNSやウェブサイトなどで御報告済みですが、
5月21日付でwearerの新EP "FORGET ME NOT ep"がリリースとなりました。

プロデューサーにKoyo_Fukamizu氏(TOTOS)、ゲスト・ドラマーに原"GEN"秀樹氏(NORTHERN BRIGHT)を迎えて制作した3曲入り。
よりポップに、よりカラフルに、より90年代への愛情深く。
まるでプリット・ポップのようなパッケージの中には、僕らの国の言葉で綴った、もう逢えないあの人を想う歌。
そんな仕上がりになっております。  

☆ ☆ ☆

年明けてしばらくしてから急遽レコーディングすることが決まり、
そこからものすごい勢いでいろんなことが突き進んで今回のリリースに至りました。  

正直、かつてないほど仕事がクソ忙しく且つクソ重たいこの時期に、よりによってゼロからレコーディングに突入するとか、自分でも頭がおかしいんじゃないかと思いました。

それでも、僕はやらざるをえなかったのです。
そうでもしないと、僕はきっと立ち止まってしまうことになる。
そして、このスピードで流れていく季節の中で立ち止まってしまったら、2度とはここへ戻れなくなる。
そう思ったのでした。 

1度やると決めてしまえば、後戻りすることはもうできず。
先が何も見えない不安の中を、とにかく駆け抜けてきました。
吹き荒れる嵐の中で、ただ目の前の「今」を離さないように、必死でしがみついていたら、気がつけば、ここにいました。

そしてどうにかこうにか、毎度のことながら、とにかくいろんな方々にお世話になりまくりながら、転げ出るようにしてこのEPは世に放たれました。

あなたに聴かせたい歌が、またできました。
だから、僕はまだここで、歌っていたいと思います。

☆ ☆ ☆

そして気がつけば、もう下北沢サウンドクルージングの季節。
ありがたいことに、wearerは今年も出演します。

今回はサポートメンバーも最小限におさえ、初心に帰って、命ごとぶつける感じで、とにかく無心でやりたいと思っております。

なんてことはどうでもいいから、遊びに来てくれた人と、朝まで飲みたいですな。
僕はこの日、意地でも仕事に行かない予定です。
予定。

☆ ☆ ☆

バンドに限らずそうですが、そりゃあ何事も続けていればいろんな困難があります。
僕はバンドを生業にしているわけではないですが、それでも時に人様からお金をいただいて演奏や作品を提供する立場である以上、くそ真剣です。
真剣になればなるほど、辛いこと苦しいことが、たくさんあります。

別にバンドなんかやらなくたって死ぬわけじゃなし、誰から頼まれたわけでもないバンドを勝手に苦しんでやっている馬鹿が僕です。
更に言ってしまえば、もっともっと働けとか婚活しろとか金払えとかもう死ねとかいう、生きていく上での、バンドとはなんら関係のない様々な圧がある中、それでもなんでバンドを続けていくのか、正直なところ、自分でもよくわかりません。

あれやこれやが混ざり合って流れ行く日々の暮らしの中で、僕はいまだに「今」だけを見つめております。
「未来」などには目もくれず、「今」に溺れております。
僕は「未来」を描くことなどできないのです。
でもこの「今」が途切れないようにあがき続けていれば、この街の空の下、いつかあなたに逢える。
そんな気もしています。

あなたがどれだけ大人になっても。
大切にしていたものがすっかり変わってしまっても。
いつかの約束を忘れてしまっても。
何かを確かめるようにして、ふと振り返ったら、いつでもそこから見えるように。
僕はロックンロール・バンドの季節に立っています。

僕が、くたびれた心と体ひきずって性懲りもなくロックンロール・バンドを続けている理由は、強いて言うなら、だいたいそんなところです。

☆ ☆ ☆

最後に。
プロデューサーを快く引き受けてくださったKoyo_Fukamizuさん、本当に感謝しています。
プロデューサーという枠を越えて、バンドにとって大切なことを教えてくださいました。
ありがとうございました。


こうして今も、ロックンロール・バンドの季節が過ぎていきます。
どうか、いつか、届きますように。


2015年10月24日土曜日

wearerからのおしらせです。

平素より大変お世話になっております。
wearerYKです。

日頃よりwearerの活動に御理解・御協力いただきまして、誠にありがとうございます。

この度、wearerのドラマー・佐藤陽介が、wearerの活動を離れることとなりました。

皆様には御報告が遅くなり、大変失礼いたしました。
wearerは新しい体制にて、立ち止まらずに活動してまいります。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。

☆ ☆ ☆

久しぶりにブログを更新したと思ったら、メンバーの脱退を報告することになってしまい、僕自身がドン引きしています。
「脱退」とか「活動休止」とか「解散」のことを、「前向きな決断です」みたいに言ってる声明をよく見かけますけども、僕はとてもじゃないが、そんな気持ちにはなれないなあ。
だって、あれほど一緒に過ごした仲間がいなくなるんだぜ。
どこをどうやったら前向きな気持ちになれるんだろうか。わけがわからん。

でも、それでも、僕はwearerを続けます。
むしろガンガンにやります。

バンドは(バンドに限らずなんでもそうですが)、続けていけばいくほど、活動の状況が当初と変わっていったりします。
wearerも、特にCDを出してからというもの、状況が少しづつ、ですが確実に変わっていきました。
そしてこれから、まだまだ、まだまだ変わろうとしています。
陽介自身の生活も年々変わり続ける中、バンドの状況と陽介自身の状況が、マッチさせられないところまで離れてしまったのでしょう。
僕はそんなふうに思います。

はじめて陽介のドラムを見たのは、陽介がwearerの前にやっていたnanocycleのライブをYouTubeで視聴した時でした。
僕には、楽器が上手だとか下手だとかよくわからないけど、とにかく圧倒的な音圧で四つ打ちを叩いていた。
ズバズバとくる鳴りが最高だなー、と思った。
僕の大好きなドラマー、スーパーカーのコーダイさんを彷彿とさせる感じがあった。
その音に惚れ込んだ僕は、前任のドラマーと袂を分かった後、迷わず陽介を誘った。
今の僕らに足りないのは、この音だと、本当にそう思ったから。

バンドは、楽器が上手な人間が集まればうまくいくというものではないのかな、と思います。
そういう点で、wearerはメンバーに恵まれたバンドで。
みんな音楽的な才能以上に、人として信頼することができて。
陽介も、もちろんそのひとりです。
演奏だけではなく、いろんな局面で助けてもらったよなー。
それに彼には、楽曲の中にストーリィを作るセンスがあって。
僕は曲作りをする上で構成に迷った時には、すぐに陽介に助言を求めてました。
陽介の言葉にはいつも嘘がなく、だから僕は彼を頼りにしていました。

それでも別れってあるもので。
おそらくそれは、バンドの責任者である僕が、ずっとずっと背負っていかなければならないことなのだと思います。

☆ ☆ ☆

陽介がバンドから去り、10月、wearerはまったくの新しい姿で2本のライブに臨みました。
結成したときには想像することもできなかった、新しい姿で。

僕は、バンドとは、仲間と出会いながら続ける旅だと、思っています。
バンドもそうだし、きっと仕事もそうだし、生きているということが、そうであってほしいし。
もちろん時には別れもあるけれど、続けていけば、また出会いがあるわけで。

wearerの新しい姿は、僕らが転げるように旅を続けていく中で、なるべくしてなった姿です。
みんな、旅を続けていなかったら出会えなかった、最高の仲間です。
カリオストロの城的に言うと「なんと気持ちのいい連中だろう」というやつです。
だから僕は、旅を続けます。

僕はこの新しいwearerに、すごくワクワクしています。
この新しいwearerに見合った、すてきな曲を描きたいと、今は切にそう思っています。

☆    ☆    ☆

今年、特に、夏がやってきて去っていく間、いろんなことがありました。
大袈裟ではなく、僕の中のある一部分は、あの時すでに死んでいたのだと思います。

でも僕は、今は、なんとか生きております。
家族や、メンバーや、友達や、諸先輩がたや、職場の人たちや、ライヴにきてくださる皆様や、僕やwearerのことをどこかで気にかけてくださっている皆様や、とにかくたくさんの人に助けてもらって、生きております。
あらためまして、ありがとうございます。
このご恩を少しでもお返しするため、これからも、働いて、働いて、そして音楽を作っていきたいと、思います。

そして陽介、今まで本当にありがとう。
きっと、またいつか。

皆様、改めまして、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


2015年6月11日木曜日

まるで手紙を書くようにして。

平素より大変お世話になっております。
wearerYKです。

SNSに日々の泡のような想いを吐き出すにつれ、なかなかブログに書く言葉が見つからず、放置してしまいがちな当YK BLOGですが、そんな当YK BLOGを尻目に、Tumblrで交換日記を始めました。

「UD氏とYKくん」

僕の学生時代からの友人に、大阪で仏文学研究をしているUD氏という人物がおりまして。
この遠い街に住む友人と、交換日記をしております。

仕事をのぞけば、基本的にバンド関係の友人とのつながりで成り立っている僕の毎日ですが、どんなに注意深くなっているつもりでも、己の視野とは日に日に狭くなりがちなもの。
このアカデミックな友人とやりとりをすることで、できることなら、僕が当たり前だと思い込んでいるたくさんのことを打ち壊してしまいたい。
そんなふうに思ったり、思わなかったりして、始めました。
もちろん、この昔からの、今は遠くの友人に、僕はまだここで歌っていると、単純にそのことを、手紙を書くようにして伝えたかった、という気持ちもあります。

これは相手があってのことなので、その相手にひっぱられるようにして、今のところコンスタンスに更新することができています。
こののろまなブログと併せてご愛顧いただければ幸いです。

この機会に、このブログの使い方を、あらためて考えてみるのもいいかも知れません。
綴りたい言葉は、あれやこれやあるはずですので。


なんか単なるご報告になってしまったので、最後は下北沢サウンドクルージングの様子でお別れです。
改めまして、ありがとうございました!!!!!






2015年3月19日木曜日

大阪ありがとうございました!

平素より大変お世話になっております。
wearerYKです。

もう2015年も3月が半ばを過ぎましたが、wearerは先日やっと今年初ライヴを行うことができました。
しかも大阪で!
ごらんいただいた皆様、本当にありがとうございました!
wearer史上初の大阪ライヴでしたが、たくさんのお客様にあたたかく受け入れていただき、本当に本当に嬉しかったです。




「こんばんはwearerです!」っていういつもの挨拶に、「待ってたー!」って言ってくださった方がいて。

僕は月から金までガチガチに働いているサラリーマンなので、そのせいもあって、wearerはなかなか遠くの街で演奏するようなことはできなくて。
それでも、CDをリリースして以降、いろんなところに僕らの音楽を知ってくださる方がいて。
こんな、ただの一介の冴えないサラリーマンの歌を知ってくださる方が、大阪にもいらっしゃるだなんて、まじですげえことだよなー。
何より、初めて演奏しにくる街に、僕らを待ってくださってた方がいるなんて!
これがしあわせでないといったら、いったい何をしあわせというのだろう。

大阪の皆様、こんな「東京」の歌ばかり歌っている僕らの演奏を聴いてくれて、本当にありがとうございました!
もっともっといい曲を書いて、もっともっといい演奏ができるようになって、またうかがいたいと思います。
今後ともよろしくお願いします!

そして今年のキックオフが、大阪でこんなすてきなイベントで演奏できたこと、これも呼んでくださったClub BAGSYの皆様のおかげです。
ありがとうございました!
朝まであんなにたくさんの人か残って楽しそうに踊っていたのは、皆様の音楽に対する愛の力だと思っております。
影正さんとなっちゃんが、wearerDJでかけてくれたことも、ほんとに嬉しかった!
vijonの皆様もありがとうございました。
今後とも、何卒よろしくお願いいたします。

そしてこの日は、新サポート・メンバーsoosuの初ライヴの日でもありました。
このひとが音楽の現場に戻ってきてくれたことが、僕はほんとに嬉しくてさ。

一緒にスタジオ入るようになって、奴のセンスには、本当に驚かされることばかりです。
ほんとにね、すごいんだ。
東京の皆様にも、早くこの新しいwearerを見て欲しい。最高だから。
今年は、このsoosuとともに、ライヴだけじゃなく、新しい音源の制作に挑みます。
きっとすごいものができるから、お待ちいただけると、嬉しいです!

それから、やっぱり今回のツアーは、totosと一緒だったから、楽しさ倍増だったんじゃないかなと思います。
KY先輩、いつもお気遣いありがとうございます。大阪で見るtotos最高でした。

僕はヘアブレが大好きだったから、ハイフラとご一緒できたことはまじでまじで光栄でした。
バーズメルトやオトコンポ先輩、おなじみの方々もご一緒で、何もかも夢のように楽しかったなー。ほんとに。
やついさんのDJも、フロアを巻き込むパワーが半端なかった!
行きも帰りも、ずっとぜんぶ楽しかった。こんなことって、あるんだな。

大阪の夢から現実に戻った私は、早速辛い労働に従事しておりますが、それでもキラキラした想いを胸に、今年もどこまでも駆け抜けていこうと、決意を新たにしている次第でございます。

僕みたいな凡人の歌だって、遠く遠くまで響くことがあるんだ。
だからきっと、好きなことは、どんなかたちであれ、続けていたほうがいいよ。僕も死ぬまで歌っていたいよ。ほんとにさ。

こうして2015年のwearer、無事に走り出しました。

改めまして、どうぞよろしくお願いいたします!







2015年2月28日土曜日

2015、よろしくお願いいたします。



平素より大変お世話になっております。
wearerYKです。
2015年になって、早ひと月がたってしまいました。
今更感が半端ないですが、本年も何卒よろしくお願いいたします。

目下制作期間中のwearerですが、2015年のキックオフに向けて、アーティスト写真を新しくいたしました。

(撮影は僕らのライヴ写真でもおなじみの佐藤早苗さん。おかげで、すごくすてきな仕上がりになりました。ありがとう!)

wearerはこの新しい姿で、今年もいろいろ挑んでいきたいと思います。
3.14の大阪でのライヴ以外、しばらくライヴはないのですが、新曲たくさん書いていい音源を作りたいと思っておりますので、しばしお待ちくだされ。何卒よろしくお願いいたします。

で、まあ新しいアーティスト写真をご覧いただければおわかりになるように、キーボードの田村ケンジが、ちょっとwearerをお休みすることになりました。
去年今年と、ケンジさんの暮らしにいろんな節目があり。そんな中で音楽活動よりも、もっともっと優先しなくてはいけない、大事なことがたくさんあり。
僕らは、そのたくさんの大事なことのために、ケンジさんにバンドを休んでもらうことにしました。
ライヴも、新しいアルバムの制作も、今年はケンジさん抜きで行きます。
もちろん心細くはあるけれど、僕らは立ち止まるわけにはいかないから。
今年は去年よりずっといい演奏をして、前作を越える音源を作ってみせます。やります。

えいちゃんがお休みにすることになったときも、僕はバンドを止めずに続けることを選びました。
音源ではツイン・ヴォーカルの曲を、ライヴのおいて僕がひとりで歌うこと自体にいろんな意見がありました。
「ツイン・ヴォーカルを売りにしてんのに、ヴォーカルがひとりしかいないならライヴなんかやらなきゃいい」みたいなことを言われたりもしました。
確かにCDを聴いてくださったお客様にとっては御期待に添えない部分もあったでしょうし、いつにもまして明確なコンセプトやキャラクターが必要とされるこのご時世に、僕らのようなあやふやなバンドは、なんてプロモーションの下手くそな連中だと思われていたことでしょう。

それでも僕は、休まずに続けて本当によかったと思っています。

バンドとは、僕にとって長い長い旅のようなもので。いろんな人が出たり入ったりしながら続いていきます。
旅の最中は、ずっと前で戦ってる人もいれば、後ろを守っている人もいれば、馬車の中に引っ込んでいる人もいれば、ルイーダの酒場に控えている人もいるのです。
傷つき倒れることだってあるけど、それでも旅は続きます。
どうして旅を続けるのか、それは正直、僕にもよくわかりません。
ただひとつ言えるのは、もし旅をやめたら、死ぬほど後悔するだろう、ということだけです。

ケンジくんは演奏することはないし、制作に関わってもらうこともできないけれど、それでも僕にとっては大事なメンバーのひとりです。
僕はとにかくwearerを続けます。
いつ誰が、この場所に戻ってきても、僕がちゃんと受け入れられるように。

ちなみにえいちゃんは、相変わらず育児を優先しております。でも、レコーディングには参加してもらうし、ライヴもここぞというときには引っ張り出してくる予定です。

その時できる面子で、その時できる最高のことをやればいい。それが僕にとってのwearerです。
わかりづらくてごめんなさい。
でも、心を込めてやります。

今年一発目のブログが、なんだかシリアスな感じですいません!
でもwearerは着実に次のステップに進んでいるし、本当に頼もしい最高の助っ人も決まっています。早くみんなに、この新しい体制でのライヴを観て欲しい!
頑張ります。

今年もwearerは立ち止まらずに駆け抜けていきます。
皆様、何卒よろしくお願いいたします!

2014年12月31日水曜日

2014、ありがとうございました。

平素より大変お世話になっております。
wearerのYKです。

いろんなことがあった2014年も、とうとう今日でおしまい。
本年も、wearerともども大変お世話になりました。
僕らみたいなボンクラがなんとか無事に1年過ごすことができたのも、wearerに関わってくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。

☆☆☆

遅ればせながら、先日wearer企画@恵比寿BATICAにお越しくださった皆様、ありがとうございました。
とにかく1年のご愛顧に感謝の想いでお応えしたく、いつもの仲間はもちろんのこと、あこがれの諸先輩がたも巻きこんで、細かいことは言いっこなし、計算もなし、全部入りの企画にしようとあるだけぶちこんだこの企画、いかがだったでしょうか。
















楽しんでいただけたなら、幸いです!

そしてその後、毎年恒例のTHISTIME RECORDSの忘年会では、社長の無茶ぶりによって、wearerがスーパーカーのコピバンをやるという暴挙がございましたが、それもおかげさまで無事に終わりました。
ご覧いただいた皆様ありがとうございます。





















BATICAでの企画、そしてTHISTIMEの忘年会と、この年末だけは、育休中のえいちゃんも帰ってきてくれました。

久しぶりに、遠慮なく思い切りギターを歪ませてひと様のコピーなどさせていただきましたが、想ったことはやはり、僕は音楽が、何よりバンドが好きなんだな、ということ。
あの頃と何も変わらずに、変われずに、このままどこまでも行けたらいいなあ、ってそれだけさ。

☆☆☆

振り返ってみれば、今年もいろんないろんなことがありました。
出会いがあって、別れがありました。
成し遂げたこと。叶わなかったこと。忘れられないこと。忘れてしまいたいこと。
それでも、うんとすてきな1年でした。

☆☆☆

僕が高校1年のとき(唐突ですんません)、座席は名前の順に並んでおり、僕の真ん前には、カワカミくんという、僕とおんなじ名字のひとが座っていた。
カワカミくんは勉強もうんとできて、サッカー部で、なんかとんがってて、まあ僕みたいなゴミカスみたいな高校生とは、座席の並び以外まったく接点のないひとだったのだが。
ただ、ある日、ひょんなことから、お互いに日本語ラップを愛好しているということがわかり。
(その頃うちの高校に「おお、脱線3最高だよね!」って言い合える人なんて他にはいなかった。)
まあそんなこんなで、今でも時折飲んだりする、不思議なご縁なのだが。

時は流れ、カワカミくんは立派な社会人になり、僕はいまだにロックンロール・バンドなんてやっているわけだが、先日のBATICAで、どうにかこうにかスチャダラのANIさんや脱線3のロボ宙さんとご一緒する機会を得たわけで。
で、普段分別ある社会人であるカワカミくんの生活には、もはや「ロック」の「ロ」の字も、「ラップ」の「ラ」の字もないわけだが、それでも企画に遊びにきてくれて、「楽しかった」と言ってくれた。

いやこれ、どれくらい伝わってるかわからないけれど、すげえ話だなー、と僕は思ってまして。
高校生のときに好きだったものが今でも好きで、その人らと共演して、それを高校の同級生が観てくれた、っていう。
これを馬鹿の一念といわずして、なんといいましょうか。

CDをリリースして以来、僕らにはものすごいたくさんのご縁があり、僕自身が学生の頃から好きだった方々と共演させていただく機会を、たくさん得ました。
でも、それっていうのも、好きなものを好きで居続けたら突き抜ける瞬間もありますよ、と言いたいがために、頑張ってきただけなのかもしれないな、と思うわけです。
あの頃音楽が大好きだったみんなに、今でも音楽が大好きなみんなに対して、僕みたいな、なんにもない凡人でも、やれるだけやったら(もちろんまだやれますが)、なんかご褒美ありますよ、と。それって、なんか夢のある話じゃないですか、と。
まあ、これは、バンドうんぬんというより、あくまで僕個人の話ですが。

☆☆☆

「僕らの夢はみんなの夢だから!」みたい物言い、僕は大嫌いです。
僕の夢は僕の夢、あなたの夢はあなたの夢。
勝手にひとを巻き込んだ気になるんじゃないよ、っていう話です。
僕はあくまで僕のために、心と体を削っているつもりであります。
それでも、そういう僕の思い込みによる行動やその結果が、どんな形であれ、誰かに届いてくれたら、すごくすてきだな、と思っております。
至らない事ばかりではありますが、来年も、wearerともども、何卒よろしくお願いいたします。

☆☆☆

なんだか、期せずして長くなってしまった。
年末にすいません。

今年はなんと、この最後の日にもwearerは演奏します。
恵比寿BATICAにて21:10から。
今のメンバーになってから、はじめての年越しイヴェント。
年越しをメンバーと一緒に過ごせるなんて、本当に幸せなこと。
誘ってくださった恵比寿BATICA、ほんとうにありがとう。
今晩、東京の空の下で逢える方、乾杯しようぜ。

☆☆☆

さてさて。
そろそろ支度をして、あわただしくていとおしい年末の街を、駆け抜けてみようかと思います。
改めまして、今年も本当にありがとうございました。
今夜、遠く遠くにいるひとにも、ご迷惑でなければ、僕らの歌が、東京いう街を廻すグルーヴが、どうか届きますように。

皆さん、どうか、どうかよいお年を。
本当にありがとう。
また来年。